小脳におけるシナプス可塑性は運動学習の基盤と考えられており、平行線維・プルキンエ細胞間のグルタミン酸作動性興奮性シナプスで起る長期抑圧、抑制性介在神経細胞・プルキンエ細胞間のGABA作動性シナプスで起る脱分極依存性増強等が知られている。本研究では、これらのシナプス可塑性の発現・維持・制御の分子機構を解明すること、これらのシナプス可塑性が生体内で果たす役割を明らかにすることをめざしている。平成14年度の研究では、プルキンエ細胞で特異的に発現しており長期抑圧発現に必要なイオノトロピックグルタミン酸受容体δ2サブユニットに関する研究が進展した。δ2サブユニットについては、それがプルキンエ細胞内でどのようにして長期抑圧にかかわるかという問題と、δ2サブユニット欠損ミュータントマウスでどのような異常が起こるかという問題を研究した。前者の研究では、δ2サブユニット欠損培養プルキンエ細胞で突然変異を導入したδ2サブユニットを発現させる実験を行い、δ2サブユニットC末端膜近傍領域の約20アミノ酸がδ2サブユニットの細胞膜への局在維持と長期抑圧発現に必須であることを明らかにした。また後者については、δ2サブユニット欠損ミュータントマウスで眼球運動の解析およびプルキンエ細胞活動の記録実験を行し、δ2サブユニット欠損ミュータントマウスでは興奮性シナプス入力のバランスがくずれて10Hzの振動を伴う下オリーブ核細胞からの入力の影響が増大して、その結果プルキンエ細胞が異常な発火パターンを示すようになり、それが不随意運動を引き起こすことにより運動失調が起こることが明らかになった。
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