記憶・学習の細胞機構としてシナプスにおける長期的な情報伝達効率の変化であるシナプス可塑性が考えられている。小脳皮質唯一の出力細胞であるプルキンエ細胞では、興奮性シナプス入力の長期抑圧と抑制性シナプス入力の脱分極依存性増強という2種類のシナプス可塑性が起り、それらが運動学習の基盤と考えられる。本研究ではくこれら2種類のシナプス可塑性の発現・維持・制御の分子機構を解明し、これら可塑性が小脳皮質内での情報処理および個体行動の制御においてどのような役割を果たしているかを明かにすることをめざしてきた。平成16年度の研究では、小脳プルキンエ細胞の興奮性シナプスで特異的に発現しており長期抑圧発現に必要であるδ2サブユニットを欠損したミュータントマウスにおいて抑制性シナプス伝達を解析し、以下の結果を得た。まず、δ2サブユニット欠損マウスから切り出した小脳切片標本においで抑制性シナプス伝達が亢進しており、また脱分極依存性増強が起こらないことを見出した。脱分極依存性増強は、プルキンエ細胞の脱分極により引き起こされる抑制性シナプス伝達の持続性亢進であり、生体内では登上線維入力等によって引き起こされる。私たちは以前、δ2サブユニット欠損マウス小脳において、プルキンエ細胞に対する下オリーブ核ニューロンからの登上線維入力の影響が増大していることを報告した。そこで、このミュータントマウスにおいては、特別な刺激を加えなくとも亢進した登上線維活動により生体内で脱分極依存性増強が飽和するまで自発的に起こってしまうことにより、プルキンエ細胞への抑制性シナプス伝達が増強されて、またそれ以上の脱分極依存性増強は引き起こせなくなっていると推定し、それを示す実験データを得た。
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