サルの下側頭葉皮質で観測された対連合記憶関連ニューロンの活動は、記憶情報の脳内表現や、その形成および想起の神経機構を明らかにする上で非常に重要な意味をもつが、従来の神経回路モデルではうまく説明することができなかった。この問題に関して計算論的な考察を進めた結果、feedforward抑制型の神経回路網に形成された軌道アトラクタによって想起の過程が説明できること、またそのようなアトラクタを形成するためには、連続的に変化する時空間パターンを学習信号として与える必要があることが明らかになった。しかし、このような学習信号を自律的に生成することは、単独の神経回路網では極めて困難である。 そこで、N_1とN_2の二つの部分回路網を用い、両者の相互作用によって学習信号の生成と軌道アトラクタの形成を行うモデルを構成した。具体的には、連合すべき情報が逐次的に入力されると、学習信号生成回路N_2が学習信号を連想回路網N_1に送り、これを用いてN_1の学習が実行されるとともに、その出力がN_2にフィードバックされて学習信号の変化を促す。これが連続的に行われることによって軌道アトラクタが形成されると、それに沿った状態遷移によってcueからtargetへの連想が可能になる。 ワークステーション上でシミュレーション実験を行ったところ、このモデルによりサルでの実験と同様に遅延対連合課題を正しく遂行することが可能であった。また、サルの対連合記憶関連ニューロン活動をよく再現することができた。このことは、下側頭葉における記憶痕跡の形式およびその形成機構がモデルと同じ原理に基づいていることを強く示唆する。種々の生理学的知見から、N_1は下側頭葉皮質(特にTE野)に相当し、N_2は嗅皮質に相当すると考えられる。
|