研究概要 |
人間は不確実に状態が変化する環境にあっても,その変化を予測し各時点での感覚入力と総合しながら適切な行動をとることができる.Carpenter等(1995)は,ヒトのサッカードの反応時間が目標刺激の呈示確率という環境変数に依存して変化することを示した.すなわち,被験者の固視点の左右どちらかに提示される輝点にサッカード眼球運動をする課題において輝点の提示確率が高い側への反応時間が短くなる.我々は,被験者は提示確率の大きさに応じて輝点の提示方向を予測し,提示以前にその側にサッカードの準備をしているのではないかと考えた.もしそうであればこの予測が輝点提示後の視覚入力によって強化されるか消去されていく過程が存在するはずである.この過程を解析するために,輝点提示後のサッカード開始時刻を固視点の消去で被験者に指示してサッカード開始時刻を遅らせることで予測と視覚入力の効果の減少と増加を調べた. 実験結果は以下の通り.(1)遅延時間の増加にともなって反応時間は減少し輝点位置が既知の場合,すなわち予測によらない場合の時間に近づく.(2)ある遅延時間以上では反応時間は一定になる.(3)一定になっても反応時間は提示確率に依存する,すなわち予測の効果が残る. 上記のデータを線形の神経素子モデルで解析し脳内神経機構を推定した.結果は以下の通り.(1)予測された提示確率の値は神経素子の活動度の初期値ではなく活動度の上昇勾配の値として表現されている.これは提示確率の値が神経のシナプス結合度の大きさとして保持されている可能性が高いことを示唆する.(2)反応時間は一定なっても提示確率に依存することからサッカード反応は予測によって反応を促進する神経路と視覚刺激に応じて反応を起動する神経路の2つの系が並列に働いていることが示唆される.
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