我々の作成したヒト正常型c-Ha-ras遺伝子トランスジニックラットは雌では乳腺、雄では乳腺、食道、膀胱および皮膚発がんにおいて高感受性形質であることを示した。発生したがんでは導入遺伝子の高頻度の変異と活性型ras蛋白の増加が起こっており、Ras遺伝子によって制御されるMAPKリン酸化の亢進、TGFβによるc-mycの制御不全等が見出された。なお、ラットの内在性ras遺伝子には変異は全くなかった。初期病変の解析から組織発生はTerminal endbud(TEB)、乳管および腺房(ヒトでは小葉)であることを明らかにした。さらに発がん物質N-methy-N-nitrosourea(MNU)の投与ではわずか5日でTEBに導入遺伝子の変異が検出され、15日で異型増殖、25日でほぼ全例に初期がんが発生したことから、変異型c-Ha-ras遺伝子トランスジェニックラットを作成し、Cre-loxPによってコンディショナルに発現させると、15日程度で乳管、腺房由来の異型過形成から初期がんを経て進行がんの発生に至った。p53、Rb、Smad4等の発現には異常はなかった。以上から導入ras遺伝子の(おそらく単独の)活性化が発がんに極めて重要な役割を果たしていると考えられた。また、このラットは乳腺を標的としない多数の発がん物質でも早期に乳腺がんを発生させることから、環境物質の発がん修飾作用の短期〜中期検索法として利用できることを示した。
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