Helicobacter pylori(H.pylori)感染は慢性胃炎の原因であり、胃癌の発症との相関が認められ、1994年にはWHOのIARCはH.pyloriを1群のcarcinogen(definite carcinogen)に認定した。その後、スナネズミのH.pylori感染モデルで、H.pylori感染はニトロソ化合物によって誘導される胃発癌を有意に促進し、また、H.pylori感染単独による発癌も報告された。すなわち、H.pyloriは胃発癌に対してinitiator作用とpromoter作用を持つことが認められた。一方、H.pylori感染による胃癌発症のオッズ比は約2-6倍と比較的低く、H.pylori感染による胃癌の発症に、種々の要因が関与していると考えられる。本研究は、H.pylori感染による胃癌発症を決定する因子を、菌体-宿主相互作用の面から胃発癌リスクを分子疫学的に解析することを目的とし、1)H.pylori菌株側の胃発癌因子の解析:CagAの胃粘膜上皮細胞の増殖に及ぼす影響2)胃癌発症リスクの個体差の解析:宿主側免疫遺伝学的解析(HLAのタイピング)を検討した。H.pyloriの菌体因子として今回の検討では、検討したすべての株がcagA陽性であり、約60%が陽性である欧米と大きく異なっていた。H.pyloriは胃粘膜上皮に接着することで、type IVのsecretory systemを通してCagAが上皮細胞内に移行し、チロシンリン酸化を受け、上皮細胞内のsignal transductionに影響を及ぼすことが考えられる。今回、AGS細胞において△cagA変異株を用いCagAの上皮細胞内への移行による細胞増殖への影響を検討した結果、△cagA変異株に比べ野生株の感染によりAGS細胞の有意な細胞増加が認められ、CagAの上皮細胞への移行により細胞増殖が刺激されると考えられた。一方、宿主側の因子として、我々は、HLA-DQA1^*0102の対立遺伝子頻度がH.pylori感染陽性萎縮性胃炎やH.pylori感染陽性胃癌群でH.pylori感染陰性健常者に比べ低く、HLA-DQA1^*0102の対立遺伝子を持つ者は胃粘膜萎縮、ひいては胃癌発症に対して抵抗性に作用すると考えられた。
|