当該期間では主に以下の4課題を中心に研究を行なった。 1)尿酸酸化酵素(UOX)遺伝子:UOXはプリン代謝を司る遺伝子であるが、類人猿では独立の原因で種特異的に偽遺伝子化している。これは、霊長類のUOX遺伝子で停止コドンに置換し易いアルギニンコドンが多用されたためと考えられた。更に、UOXの偽遺伝子化に先立ち、尿酸(UOXの基質)を産生する酵素遺伝子の転写の抑制が起きた可能性を示し、代謝系の進化で個々の要素間での協調的変化を示す遺伝子共進化の実例を示した。 2)ノイラミン酸水酸化酵素(CMAH)遺伝子:CMAHはヒト特異的に偽遺伝子化している。偽遺伝子化の原因はAluの挿入によるエクソン消失である。この偽遺伝子化の時期を推定すると300万年程前、ヒトの脳容量が急激に増加する直前にあたる。またヒト集団中のCMAHの多型とその地理的分布の説明には、アフリカ集団内の分集団構造が必須であることを示した。 3)性染色体の分化:哺乳類の性染色体の進化には、雄性決定遺伝子が相同染色体間の部分的な組み換えを抑制し、XとY染色体の段階的な分化に重要な役割を担ってきたことを示した。またこの分化によってY染色体上の遺伝子は大半が不活性化または消失した。性染色体の段階的分化の境界をDNAレベルで明らかにし、性染色体の分化機構に新しい知見を得た。 4)主要組織適合性抗原遺伝子群(MHC):霊長類のMHCはヒトと新世界猿の共通祖先ですでに、遺伝子重複により現在各々の種が持つ遺伝子座は分化していた。種分岐を経て祖先種の多様な遺伝子から、遺伝子を失うことで、各々の種はその特性を獲得していった。さらに機能を持った遺伝子数がゲノム当たり一定となるような自然選択が働いている可能性も示唆した。 この他、ヒトで特異的に発現が抑制されている遺伝子の探索等も行なった。また期間中に海外共同研究者であるクライン教授と執筆してきた「我々はどこからきたか?-ヒトの由来の分子的証拠-」を、ドイツのスプリンガーから出版した。
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