平成14年度は、2000年にそのテクストが刊行された西ゴート王国の「スレート(石板)文書」を検討する作業を軸に研究を遂行した。現在までスペイン・西ゴート王国の版図内では全部で153点の同種の文書が発見され、数次にわたるテクスト公刊が行なわれたが、叢書『Monumenta Paleographica Medii Aevi』の一環として出版された今回の版は、最も信頼のおける定本となろう。ふつう石の盤面に刻まれた文字は大文字体で刻まれており、碑文学の分析対象となるのだが、これら特異なスレート文書の文字は、羊皮紙や紙に書かれるのとおなじ小文字体であり、古書体学の専門分野に属する。言葉を換えて云えば、スレートは羊皮紙の代替素材として用いられていたということを意味する。しかし、その厳密な機能については定説の確立をいまだ見ていない。 総数153点の文書は、その出土が極めて限られた地域であるのが特徴である。すなわちスペイン中北部のサラマンカ、アヴィラ、ヴァジャドリドを三つの頂点とする三角形が構成する地域に、ほぼ90%が由来するのである。こうした出土の偏りが文書の機能(下書きか、あるいは正式の文書として通用したか、または写しか、等々)に起因するのか、地域における記録素材の需給関係が原因であるのかなど、記録文化の物質的条件を考える上で逸することのできない論点である。 発掘、発見された文書は聖書の引用を交えた宗教記録、学校の教本、墓碑、種々の会計記録から、土地の売買、交換、宣誓などの法律行為を内容とするものまで極めて多岐にわたる。先に挙げた機能や地域の文化的背景などの論点を追究しながら、統治に関わる文書について、この時代の西ゴート王国の文書行政一般の在り方を踏まえて検討を続けたい。
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