本研究の当初の目的は、南極氷床深層部の氷が実験室の氷と本質的に異なる結晶構造をもつのか、という物性物理学上の基本的な問題を解決することであった。昨年度までの研究では、粉末X線回折のプロファイルに両者の間で違いが観測されたことから、構造に違いがある可能性を指摘した。しかしながらこれと並行して行った比熱の測定により、南極の氷では特異な秩序構造はないことを示す結果が得られた。そこで、粉末試料の作製方法他の実験方法の再検討を行い、精密な測定を行った結果、両者の間で顕著な違いは観測されなかった。従って、南極の氷と実験室の氷の結晶構造の違いはほぼ無いものと考えられる。 一方、氷試料の結晶の完全性を評価するため、X線回折曲線の測定を行い、その幅が南極深層部の氷では、実験室の氷よりも1桁以上大きいことを明らかにした。回折曲線の幅は深さが深くなるとともに狭くなり、かつ、氷の塑性変形の過程で導入された転位の再配列の結果生じるモザイク構造が、深くなるにつれ観測されなくなる様子が明らかになった。特に、最深部の氷は実験室で作製された氷と同程度の幅を持ち、完全性の高い氷であることが明らかになった。今回測定した南極の氷試料は、主に南極Vostok基地で掘削されたものであり、その特殊な地形的要素による影響を強く受けた試料である。例えば、最深部の氷は、氷床の底部に存在する湖の水が長い年月かけて凍ってできたもので、非常に結晶の完全性の高い氷が形成されたと考えられる。また、回折曲線の幅から転位密度の推定を行い、氷床の流動に伴う塑性変形履歴の解明の手がかりが得られるようになった。今後は、氷床内部の物理過程モデルの研究とリンクさせて、氷床の形成過程および力学過程の解明ができるものと期待される。
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