従来巨視的物理量の測定とその現象論的解析に限られていたスピングラスをはじめとする複雑・不規則系の特徴であるスローダイナミックスの研究に微視的実験に基礎をおき、物理的意味の明確な解析法を取り入れた手法で取り組み、そのメカニズムの解明を目指している。多くの高濃度スピングラスでは高温秩序相から低温非秩序相への通常の熱力学的相転移とは逆転した磁気相転移が見られる。この転移には有限距離の相関を持つ磁気クラスターの存在が密接に関与している事をこれまでの中性子散乱実験から解明してきた。また、スピングラスの特徴的な性質であるスローダイナミックスにもこの磁気クラスターの存在、特に変化した外場に対するそのサイズや数の時間的発展が本質的な役割を担っていることもこれまでの実験から推測される。本研究では定常状態における磁気クラスターについて解明されている物質について中性子小角散乱実験を行ない、外場(温度、磁場)変化後の時分割測定により磁気クラスターのサイズや数の変化を実時間で追跡した。Fe65(Ni0.866Mn0.134)35およびCu2(Mn0.70Ti0.30)Al試料について強磁性相からリエントラントスピングラス相にゼロ磁場下で急冷した後の散乱パターンの時間変化の測定を行なった。両物質ともに散乱関数(散乱パターン)は複雑であり波数領域によりローレンツ、またはローレンツ2乗関数が支配的であり、これらの強度、幅とも20時間以上に渡って時間変化することが検出された。これらの散乱関数と実空間での磁気クラスターの状態を結ぶ関係はまだ完全には解明されていないが磁気相関(クラスター)の時間発展を中性子小角散乱実験によって実時間で追跡できることが証明された。これらの変化の時定数は巨視的測定の結果から期待されるものと一致した。
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