研究概要 |
本年度,研究代表者らは,SDSミセル中に可溶化した溶質分子の光イオン化過程について独自の実験研究を行い,新たな知見を得た.研究代表者らはSDSミセル中に可溶化したtrans-スチルベンを光励起するとスチルベンカチオンラジカルと電子を生じることを見出し,このイオン化およびそれに続く物理・化学過程を時間分解分光法で追跡した. 研究代表者らは,trans-cis異性化反応速度の測定などから,光イオン化の前のtrans-スチルベン分子がミセルの疎水的な部分で可溶化されていることを以前から指摘していた.光イオン化後は,生成したスチルベンカチオンラジカルおよび電子の双方がより安定な親水部あるいは水相へと移動すると考えられる.今回,ピコ秒時間分解CARSスペクトルの測定によって,生成したスチルベンカチオンラジカルが,装置関数である20ピコ秒程度以内に疎水的環境から親水的環境に並進移動することを強く示唆する結果を得た.ただし,その後はカチオンラジカルはミセル親水部にとどまり,バルク水相に移動する過程は観測されなかった.一方,0.8から1.4μmの波長領域で測定したフェムト秒時間分解近赤外スペクトルからは,生成した電子が水和状態に達するまでに通常の水溶液中での光イオン化過程に比べて1-2ピコ秒の遅れがあることが明らかになった.この遅れは生成した電子が疎水部から水相に移動するのに要する時間である考えられる.異なる時間分解分光測定の結果を組み合わせて考察することで,ミセル中に可溶化された分子の光イオン化によって生成するカチオンラジカルと電子の双方の動力学の一端を明らかにすることができた. 研究代表者はこれらの研究成果を平成15年1月に東京で開催された国際シンポジウムでの招待講演の際に報告した.
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