GaN系III族窒化物半導体の単結晶薄膜成長法は、サファイアを基板とする場合、本申請者のグループが1986年に開発した成長モード制御法が一般化している。この結晶成長法が基礎となり、青色〜緑色発光ダイオードが実用化し、紫外〜紫色レーザダイオードが実現したのは、周知の通りである。これら発光素子の活性層としてGaInNが用いられている。GaInNは成長表面における表面エネルギーの微妙な差によって、成長層には空間的な組成変調が生じる。この数十nmレベルの空間的な組成変調のうちInNモル分率の高い部分は電子正孔対を捉える、いわば自然ゼロ次元構造として働くため、同材料を用いた発光ダイオード中に高密度の貫通転位密度があっても発光効率が低下しないひとつの理由として考えられている。この自然組成変調構造は、発光ダイオードとしては都合が良いが、組成に対する空間的コヒーレンシーが低下するため、利得幅が広くなり、最大利得が低下するために、レーザダイオードには大きなマイナスの要因として働く可能性がある。これが青色から更に長波長のレーザダイオードが、III族窒化物においていまだ実現していない理由の一つである。また同材料の強い圧電性のため、電子正孔対が分離しInNモル分率の増加とともに再結合割合が低下することも理由として考えられている。本研究では、これらの実験事実に基づき、空間的コヒーレンシーに優れた組成変調構造、所謂秩序化ゼロ次元構造を実現することを目的として研究を行った。この実現のため、本研究グループが世界ではじめて見出したマストランスポート現象を応用した。1年目は、GaInN多重量子井戸の発光特性を詳細に評価し、従来いわれているようなGaInNの組成変調構造は存在しないことを突き止めた。2年目には、その発光特性の解析を進め、発光過程が表面空乏層に強く影響を受けていることを見出した。本研究により、GaInN系量子井戸の発光過程が明らかとなり、緑色レーザダイオード実現のための学術的バックボーンが確立した。
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