連続戻し交配により近縁野生種Aegilops crassa細胞質を導入したコムギ品種「農林26号」は15時間以上の長日条件下で、雄ずいの雌ずい化(pistillody)により雄性不稔(日長感応性細胞質雄性不稔:PCMS)となる。一方、「Chinese Spring」の7B染色体長腕にはPCMSに対する稔性回復遺伝子(Rfd1)が存在し、pistillodyを抑制する。本研究の目的はPCMSの分子的基礎を明らかにすることである。 1.細胞質置換コムギ系統におけるpistillody(雄ずいの雌ずい化) Rfd1遺伝子を欠失したCSダイテロソミック7BS細胞質置換系統の解析から、Ae. crassa細胞質によるpistillodyは日長に関係なく誘発され、Rfd1遺伝子がそれを抑制することが示された。「農林26号」のPCMSは短日条件下で働く稔性回復遺伝子によると考えられる。 2.コムギMADSボックス遺伝子 細胞質置換系統のpistillodyの直接的原因は、雄ずい原基でクラスB MADSボックス遺伝子発現が抑制されることであることが明らかになった。また、雌ずい化した雄ずいの発達に、クラスC MADSボックス遺伝子が関与していることが示唆された。 3.pistillodyに関するミトコンドリア遺伝子 サブトラクション法により、pistillody系統では特異的にミトコンドリア遺伝子cox1やatpAキメラ遺伝子の発現が増加することが示された。これらの遺伝子産物の作用により、MADSボックス遺伝子の発現パターンが変化し、pistillodyが誘発されるモデルが考えられる。 4.日長感応性細胞質雄性不稔を利用するハイブリッドコムギの育成 Ae. crassa細胞質が雌性稔性にも影響を及ぼすことが示され、実用的ハイブリッドコムギ育成のための解決すべき課題が明確となった。
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