研究概要 |
水産動物でも,個体死の後も細胞はしばらくの間生体活動を続けようとする.したがって,この間の取扱がその後の死後変化に大きな影響を及ぼす可能性がある.そこで,本年度研究では水産動物の個体死から細胞死に至る過程で生じる生物学的・化学的変化をモニターする手法を確立することを目指した. まず,生物学的アプローチとしてマダイ色素細胞のミトコンドリアの酸化的リン酸化を脱共役させたところ,色素細胞内のATPの枯渇に伴って黒色素顆粒が細胞中心部へ移動し,運動を停止した.カフェインによって細胞内cAMP濃度を上昇させたところ,DNP非存在下に比べて顆粒が非常にゆっくりと細胞辺縁部へ移動した.この結果から,細胞内のATPが枯渇することにより,cAMPの生成が抑制されて顆粒が細胞中心部へ移動すること,モータータンパク質の基質不足によって顆粒の運動性が著しく低下すること,などが予想された. また,CHSE-sp細胞ミトコンドリアに膜電位感受性蛍光プローブJC-1を取り込ませてミトコンドリア膜電位と蛍光強度のキャリブレーションを行い,高い相関性を得た.これを魚類筋細胞などに適用することにより,ミトコンドリアによる潜在的ATP合成能を評価することが可能であると思われる. 一方,細胞死過程における脂肪酸ハイドロパーオキサイド生成の評価を行うために,魚類筋肉へのDPPPフローインジェクション法の適用を試みたところ,筋肉1gあたり数nmolレベルの脂肪酸ハイドロパーオキサイドが定量できた.この検出限界は安静状態の魚類筋肉で普通に観察されるレベルに匹敵し,細胞死に伴う脂肪酸過酸化反応をモニターすることが十分に可能であると考えられた. さらに,市販リン脂質試薬や魚油から調製したリン脂質に,直接紫外線(254nm)を照射してハイドロパーオキサイドを生成させたモデル系を作り,それらの化学発光HPLCフローシステムによる検出を試みた.リン脂質ハイドロパーオキサイドは上記溶媒系でリン脂質と保持時間が異なり,また,魚油調製リン脂質ハイドロパーオキサイドについては特異的に強い化学発光が観察された.魚油リン脂質は卵黄や牛脳由来のリン脂質と異なり,高度不飽和脂肪酸を多量に含むことから,酸化により大きな発光となったものと推定された. 次年度からはこれらの手法を用いて生物学的・化学的変化をモニターすることにより,細胞死過程における動的変化の発現機構の解明を目指す.
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