細菌感染症において、NOは感染防御作用を発現することが示唆されている。感染病巣において産生されるスーパーオキサイド(O_2^-)は、NOと速やかに反応してNOよりも反応性の高いパーオキシナイトライトを生じるが、このパーオキシナイトライトは強力なoxidantであり、強い細胞傷害性を有しNOの抗菌活性に関与する。 マウスチフス症モデルにおいて、iNOSは、肝内で形成される微小膿瘍内に集積した好中球を中心とする炎症浸潤細胞に強く発現されており、パーオキシナイトライトなどの活性酸化窒素生成のバイオマーカーであるニトロチロシンの免疫染色を施すと、微小膿瘍内に限局した濃染像が認められた。このモデルにNO合成阻害剤を投与した場合や、あるいは、iNOS欠損マウスのサルモネラ感染においては、肝における微小膿瘍形成不全が観察され、細菌数の増加とともに敗血症へと移行し致死率が上昇していた。また、iNOS欠損マウスにおけるサルモネラ感染肝組織においては、広範な肝細胞のアポトーシスがもたらされた。このことは、NOが単なる抗菌物質として作用するのではなく、その強い抗アポトーシス活性を介して、細胞・臓器保護作用を発揮し感染防御作用を間接的に発現していることを示している。また、我々は、緑膿菌による気道感染モデルなどにおいても、NOが感染防御能を発揮することを確認しており、サルモネラ感染モデルのみならず、多くの細菌感染症においてはNOは抗菌的に作用すると考えられる。 一方、Helicobacter pyloriによる胃感染系においては、ヒトの感染でも、スナネズミ感染やマウス感染モデルにおいても、感染胃粘膜局所におけるiNOSの誘導とNOの過剰産生がもたらされるものの、はっきりしたNO依存性の抗菌活性は認められなかった。これは、H.pyloriが、パーオキシナイトライトの消去システムを発現しているため、NOの抗菌作用に耐性であるためであると思われた。さらに興味あることに、H.pyloriの慢性感染系においては、NO由来の活性酸化窒素により、宿主細胞の塩基損傷を介して、強力な変異原性が発揮され、胃癌の発生を誘発する可能性も示唆されている。 NOは、循環系・神経系の情報伝達にとどまらず、感染・炎症・免疫反応のメディエーターとして機能し、さらには免疫反応の調節、アポトーシスの制御、発癌など幅広い生命現象にかかわっていることが明らかにされつつある。この様な多彩な活性は、NOそのものによる直接的作用のみならず、パーオキシナイトライトなどのNO由来の活性酸化窒素種により発現されることもわかってきた。NOは感染症においてほぼ普遍的に産生され、生体内で抗菌活性を発揮するだけでなく病原体と宿主の相互作用を修飾する重要な役割を演じている。感染防御と病態形成におけるNOの多彩な生物活性の解明は、21世紀における感染病因論の新たな展開の糸口となるかもしれない。
|