ヒトT細胞白血病ウイルスがコードする遺伝子Taxは細胞の種々の遺伝子を転写制御することが知られている。一方、TaxはヒトT細胞を不死化する働きがある。Taxの転写制御と不死化との関連を明らかにするために、Taxの転写制御の機構を解析した。筆者はこれまでに研究を通してTaxはp53とホモロジーを示すp73に対しても転写活性を抑制する事を示し、Taxに細胞の不死化の過程でp53関連遺伝子の機能抑制が重要に働いている可能性を示唆する。この様な状況をふまえて本研究においてはp73関連遺伝子の機能とTaxとの関連についての解析をおこなった。まず、Taxと同様の機能を持つヒト免疫不全症ウイルス、HIVのTatがp53の機能を抑制するかについて調べた。その結果、Taxと同様P53の転写活性化を抑制することを見いだした。AIDS関連のがんにおいては、Tatによるp53の不活化が下流遺伝子のp21などの発現抑制を通して細胞のがん化に関与している可能性が考えられる。一方、Taxにより転写活性が抑制されるp73についてはある種のがんの発生に関与するといわれており、また、細胞の染色体の安定性にも関連する事を示唆する報告もある。p73にはスプライスの違いにより数種類のタンパク質が産生されるがこれらのタンパク質間における相互作用が標的遺伝子の発現を制御することを示した。また、p73のあるタイプが基本転写活性を上げること、および、ある種のがんで異常が観察されているWnt/b-cateninの転写活性を変化させることを示した。これらの現象はTax発現により間接的に影響を受けることが考えられ、新たな増殖制御機構の一つと考えられる。Taxのこれらの転写制御活性は転写コアクチベーターとの会合によるものであることを明らかにしたが、一方、Taxは転写コレプレッサーと会合することを見い出した。このことはTaxが転写コアクチベーターのみならず転写レプレッサーとも会合して細胞側遺伝子発現を制御していることを示唆している。Taxによる細胞周期関連遺伝子産物の機能制御を解析した。TAX産生細胞ではサイクリンインヒビターp21の産生が増加している。p21はサイクリン/CDKの活性を抑制しその結果細胞周期をとめる働きを持つが、Taxで不死化した細胞ではそのようなことは起こらない。COS細胞にp21を強制発現させ、サイクリン/CDKの活性を調べると、キナーゼ活性は抑制された。そこにTaxを産生させてもキナーゼ活性の回復は見られない。しかし、HTLV-1で不死化した細胞におけるサイクリン/CDK活性ではキナーゼ活性が抑制はされていない。このことからHTLV-1で不死化した細胞ではサイクリン/CDKの機能が他の細胞とは異なる機構で活性化状態を維持していると考えられた。
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