研究概要 |
環境発がんのリスク評価を検討する場合,発がん性を有する化学物質の体内暴露量を出来るだけ正確に把握することが重要であるが,それ以外に個々人の持つ遺伝的素因やライフスタイル等を考慮することも重要である.多環芳香族炭化水素(PAH)の多くは発がん性を有することが知られているが,ヒトがこれらの化学物質に過剰暴露された場合,体内でどの程度の遺伝子損傷が生じるかについては不明の点が多い.本研究では,DNA損傷のバイオマーカーとして,PAHの代謝中間体がDNAと共有結合して生ずるDNA付加体と酸化的DNAの指標として注目されている8-オキソデオキシグアノシン(8-oxodG)の2指標に注目し,これらの体内レベルとPAHの体内暴露総量とがいかなる関係にあるかを解析した.PAH暴露群として某製鉄所のコークス炉作業者集団を選定し,インフォームドコンセントを得た上で,少量の末梢血及びスポット尿を採取した.末梢血からはリンパ球DNAを抽出し分析に供した.DNA付加体量は32Pポストラベリング法により,8-oxodG量はECD-HPLC法により測定した.PAHの体内暴露総量は,その代謝物である尿中1-ヒドロキシピレン(1-OHP)量を蛍光HPLCを用いて測定し,その値から推定した.これらの測定結果を基にして相互関連性を検討したところ,DNA付加体量と体内暴露総量としての尿中1-OHP排泄量との間には有意な正の相関が得られたが,8-oxodG量と尿中1-OHPとの間には有意な相関は得られなかった.この結果から,PAHへの過剰暴露によるDNA損傷のBiomarkerとしては,DNA付加体がより有用であることが示唆された.なお,薬物代謝酵素であるCYP1A1やGSTの遺伝子多型との関連も解析したが,注目すべき知見は得られなかった.
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