前庭眼反射は運動中の視覚のぶれを防ぐが、頭部運動中に動く物体を注視する場合には逆に視覚によって前庭眼反射を抑制する必要がある。この様に前庭系と視覚系は状況に応じて相互に機能を調節しており、その神経機構には脳幹、小脳だけでなく大脳皮質も大きく関与すると推測される。また、大脳皮質における前庭系の神経細胞は基本的にmultimodalで、前庭だけでなく視覚や固有知覚にも関与することが多い。本年度の研究ではポジトロン断層法を用いて末梢前庭刺激によって活動する大脳および小脳内の領域を同定するとともに、前庭眼反射が固視によって抑制される中枢機構を解析した。対象は正常人11名で、エアーカロリック刺激による眼振誘発とその固視抑制を行い、その時の眼球運動を赤外線ビデオで記録すると同時に脳血流をO-15で標識した水を用いて計測した。結果はSPM:statistical parametric mapping法で分析し、各条件下で推計学的に有意に脳血流が変化する領域を同定した。カロリック刺激時には眼振緩徐相速度と島後部、下頭頂小葉、楔前部、大脳基底核(尾状核)の賦活程度の間に有意の相関が見られ、一方、温度刺激の固視抑制時には視覚野、楔前部、前帯状回、小脳片葉などの賦活が確認されるとともに、島後部の血流低下が認められた。今回前庭刺激で賦活が見られた島後部はサルにおけるPIVC(parieto-insular vestibular cortex)に該当する領域と推測され、この領域がヒトにおいても前庭からの入力を受けること、そして視覚系との間に抑制的相互作用があることが示唆された。
|