身体のバランスは多様な姿勢反射と種々の筋の働きによって保たれるが、近年この制御に咬合が影響を及ぼすと考えられている。前年までに、我々は有歯顎者で下顎位の変化が動的な身体バランスに影響を受けると思われる歩行安定性に与える影響を調べ、歩行速度が速いほど、また下顎位の変化が大きいほど歩行リズムに影響を与えるという結果を得た。これをふまえて、本研究では全部床義歯装着者を対象に、新旧義歯での歩行運動の測定を行い、義歯による咬合回復が歩行安定性に与える影響を調べた。同時に静的な身体平衡に関しても測定し、歩行安定性との関連を調べた。 被験者は、循環系、呼吸器系、視聴覚系の障害や痴呆、および運動系に支障をきたすような骨格系の障害がないこと、そして、歩行に際し、杖などの補助装具が不必要であることが確認された、無歯顎患者3名(女性3名、年齢74〜80歳、平均76.3歳)である。測定は、新義歯製作中、新義歯装着直後と調整終了後に行った。得られたデータについて、歩行速度と義歯の装着を因子とした一元配置分散分析および多重比較を行った。 歩行の測定にはテレメトリー方式の歩行分析計を用い、歩行周期、歩行周期の変動係数、歩行速度を算出した。重心動揺の測定には重心動揺計を用い、評価には重心動揺軌跡の総距離を表す重心動揺距離を用いた。義歯に関する条件は、義歯装着状態において咬合の指示をした場合としない場合、および義歯を装着しない場合の3条件とした。それぞれの測定は、3分間の休憩をはさんで各3回ずつ無作為の順序で行われた。 歩行周期の変動係数については有意差はないものの、義歯装着状態において咬合の指示にかかわらず旧義歯装着時より調整終了後に減少傾向が認められた。重心動揺距離については、有意差はないものの義歯装着状態において咬合の指示にかかわらず旧義歯装着時よりも調整終了後に増加傾向が認められた。
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