DNAトポイソメラーゼはDNAのトポロジーを変換する酵素であり、複製・転写・組み換えといったDNAの代謝に不可欠な酵素である。トポイソメラーゼは重要な抗がん剤の主要な細胞内ターゲットのひとつであり、トポイソメラーゼの活性阻害を指標とする抗生物質や抗がん剤あるいはそれらのリード化合物の探索が可能と考えられる。今までに、天然物や合成品を含め多くのトポイソメラーゼ阻害剤が報告されているにもかかわらず、ヌクレオシンド系阻害剤についての報告は今までにされていない。 本研究では、トポイソメラーゼII(トポII)がDNAの切断と再結合に関わる一連の酵素機能の中で、ある特定のアミノ酸残基間で起こるプロトンの移動に着目し、その移動のトラップが酵素触媒作用の阻害様式の一つであるとする新規な作業仮説を基盤に据えた酵素阻害剤の設計と合成に挑戦した。プロトントラップとしてのカテコール構造の組み込みとDNAがトポIIの基質であることを考慮した結果考え出されたヌクレオシド誘導体は、デオキシリボース等価体である光学活性ブテノライドを経由する効率的なの設計と合成法の確立に到達した。 3年の研究計画期間のうち初年度に設計合成したカテコール誘導体は、ヌクレオシドとしては初めてのトポII阻害剤となり、設計にいたる発想や理論展開の正当性が示された。さらに、誘導体を合成する過程で得られた中間体についても阻害活性を調べてみると、それらは予想外に興味深い結果を示した。すなわち、阻害活性を示さなかったヌクレオシド誘導体の前駆体やその中間体がトポII阻害活性を示し、その活性は既存の阻害剤のそれを駿がした。構造活性相関から得られた知見をまとめると、(1)ヌクレオシド塩基は活性に必須ではなく、5員環ラクトンとカテコール誘導体の合目的な組合わせにより活性発現最小分子構造が形成される、(2)塩基部は酵素との親和性向上に寄与する、(3)従って、5員環ラクトン誘導体における活性の強度がそのままヌクレオシドの活性に反映される、ことが明らかとなった。一方、今回活性発現誘導に成功したヌクレオシドは、トポIには全く作用せずトポII選択的であること、また、切断複合体を形成しない作用様式を有することが明らかとなった。
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