3年計画の初年度に当たる平成12年度は、悪筆認識について、主に心理学的な側面から検討した。まず手書き漢字の固有変動つまり個人の書字傾向が認識に及ぼす影響について、潜在記憶研究のパラダイムによって研究した。その結果、人は1時間に満たない学習、しかも字形に注意を向けない課題を経験するだけで、その後の文字認識実験では(無意識のうちに)修得した一人の書き手の書体の方を初めて読む別の書き手の書体よりも素早く認識できることが明らかになった。この結果は、人の巧妙な手書き文字認識では個人特有の変動を有効に利用していることを示すものと考えられる。この研究については日本心理学会において発表したが(日本心理学会第64回大会発表論文集p.578)、目下、手書きパターンを増やしてさらに検討を続けている。 一方で、手書き文字認識の情報処理過程を調べるために、備品として購入した計測装置により手書き文字に対する眼球運動の計測を行った。この手法が有効であることは類似カタカナ文字認識実験で既に確かめられているところであるが、高精度な計測を行うために条件を厳密に検討した。機器の特性上、提示刺激の大きさ及び提示距離によっては計測結果の信頼性が著しく低下し、次年度以降の工学的認識手法へ反映する際にも影響を及ぼすため、条件設定は慎重に決定されなければならないからである。具体的には、計測に必要となる手書き類似漢字を収集した後、少数の望ましい計測条件を確定し、その条件下で認識時の眼球運動データ(注視点・滞留時間等)の計測を行った。結果については現在分析を急いでいる。また、人工的なくずれ字の生成・悪筆度合いの定量化と、これら相互の相関についても検討を行っている最中である。
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