平成14年度は、手書き漢字認識時の眼球運動計測を中心に研究した。眼球運動は人のパタン認識について有用な情報をもたらすことはよく知られているが、一般に文字認識に人が必要とする時間は100msecにも満たない短い時間であり、眼球運動を必要としない。そこで筆者らは、顔パタン認識研究などでしばしば用いられている倒立提示という方法を採用した。活字体と人の評価に基づいて分類された手書き良筆漢字と悪筆漢字を倒立提示して、これらを判読する際の眼球運動を分析した。活字体>良筆>悪筆の順に判読正答率は低下し、判読時間と注視点数は増加した。この結果は、倒立提示しても、正立提示して文字品質評価を求めた場合と文字認識は基本的に変わらないことを示唆するものと考えられた。文字の概形特徴を手がかりとして考察すると、複雑で細かく非対称的な文字形に対して注視点数は増加するものの、文字の複雑性と対応するとされてきた画数と注視点数との相関は低いことが判明した。一方で、筆者らの提案した悪筆度合の定量的指標が増加するほど注視点数も増加する傾向がみられた。これは文字の複雑性以外の、歪みやねじれといった悪筆に寄与する特徴が注視点数の増加を招いたものと解釈された。また、注視点の移動パタンからは、文字の外側の特徴よりも、内部のストローク密度の高い部分がより注視されることがわかった(日本心理学会第66回大会ならびに電子情報通信学会ヒューマン情報処理研究会において発表)。その後は、筆者らの提案した指標の妥当性・信頼性が確かめられたことから、その判別精度をさらに高めるとともに、これに基づいて人工的悪筆文字を生成し研究に適用する試みを継続中である。
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