本研究の目的は、樹木年輪の化学分析から、森林生態系が受けている酸性雨の影響を評価する手法を確立することである。樹木は必要とする金属を土壌環境に依存している。土壌水と一緒に経根吸収された金属は、幹の仮道管を経由して樹冠に移動し、葉に蓄積後、落葉で地表に戻る。樹木に取り込まれた金属の一部は毎年形成される年輪に保持される。上に述べた金属サイクルが定常的に営まれている森林では、生育している樹木の年輪中の金属分布は一定していると期待される。しかし、酸性雨により金属サイクルが乱されると、年輪中の金属分布に変化として記録される。 福岡県矢部町のスギ年輪中の金属濃度を、地表面から0.3mと1.0mの幹の位置で分析した。辺材中のカルシウム分布は、濃度がほぼ一定のもの(-)と樹皮側で濃度が増加しているもの(+)にわけられた。更に0.3mと1.0mのカルシウム分布の組合せからスギは3つのグループに分類された。(1)0.3m(-)と1.0m(-)、(2)0.3m(+)と1.0m(-)、(3)0.3m(+)と1.0m(+)である。酸性雨のような外的要因を受けず定常的サイクルにある森林生態系では、年輪中のカルシウム分布は(1)のグループが多いと期待される。 酸性雨が森林に降下すると、土壌固相から金属が土壌溶液へ移行する、土壌の緩衝作用が働く。酸性雨影響の初期段階では、緩衝作用により土壌溶液中のカルシウム濃度は増加する。従って(2)や(3)のグループが多く確認された矢部スギは、目視では完全に健全と評価され衰弱傾向は観察されていないが、酸性雨影響の初期段階にあると考えられる。酸性雨の降下が続くと、土壌の緩衝能力は次第に低下し、地下水へ多量の金属が移行するので、森林土壌は次第に貧栄養状態になり、衰退・枯死へと向かうと考えられる。
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