本研究の目的は、樹木年輪の化学分析から、森林生態系が受けている酸性雨の影響を評価する手法を確立することである。樹木は必要とする金属を土壌環境に依存している。土壌水と一緒に経根吸収された金属は、幹の仮道管を経由して樹冠に移動し、葉に蓄積後、落葉で地表に戻る。樹木に取り込まれた金属の一部は毎年形成される年輪に保持される。本研究では、福岡県太宰府市太宰府天満宮境内に生育していたが、原因不明のまま枯死したクスの木の年輪解析を行い、その原因解明を目指した。 樹齢推定500年(中心部欠如)の太宰府クスノキと健全木である樹齢130年の佐賀クスノキ及び樹齢122年の久留米クスノキについて分析を行った。健全木と比較すると太宰府クスノキのいくつかの金属元素分布は特徴的な増加をある時期に示していた。この増加は1910年頃から始まっており、この時期に何らかの環境変化があり、土壌溶液中の金属濃度が増加したと推定される。年輪中の硫黄同位体の分析は、太宰府クスノキの硫黄源が土壌・地下水から雨へ変わってきていることを示している。すなわち、1900年までの年輪は現在の土壌・地下水に見出された硫黄と同じ同位体比であるが、1900年代以降は化石燃料由来の軽い硫黄値を示していた。しかし、福岡近郊のクスノキ葉の硫黄分析の結果は、より汚染がひどい場所でもクスノキは健全に生育しており、大気汚染が太宰府クスノキの枯死の直接的な原因ではないことを示していた。太宰府クスノキの生育場所の土壌pHは極めて低く、何らかの理由により土壌の酸性化が起こったことを暗示している。佐賀と久留米のクスノキでは金属交換容量は樹齢で単調に変化していたが、太宰府クスノキの年輪の金属交換容量は金属分布が増加している年輪では高い値を示した。土壌溶液の金属濃度増加に対してクスノキが生理学的な対応を起こしたと推定されるが、結果的には持ちこたえることができなかった。
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