本研究の目的は、樹木年輪の化学分析から、森林生態系が受けている酸性雨の影響を評価する手法を確立することである。 福岡県矢部町のスギ年輪中の金属濃度を、地表面から0.3mと1.0mの幹の位置で分析した。辺材中のカルシウム分布は3つのグループに分類された。これらの分布パターンは、個々の木が受けている酸性雨の影響の大小と土壌の緩衝能力の違いによると考えられる。すなわち酸性雨影響の初期段階では、緩衝作用により土壌溶液中のカルシウム濃度は増加するが、緩衝能力が低下した土壌はカルシウム濃度は増加せず、pHが低下する。矢部スギは、目視では完全に健全と評価され衰弱傾向は観察されていないが、酸性雨影響の初期段階にあると考えられるカルシウム分布が多く見られた。酸性雨の降下が続くと、土壌の緩衝能力はさらに低下し、地下水へ多量の金属が移行するので、森林土壌は次第に貧栄養状態になり、衰退・枯死へと向かうと考えられる。 樹齢推定500年(中心部欠如)の太宰府クスノキと健全木である樹齢130年の佐賀クスノキ及び樹齢122年の久留米クスノキについて分析を行った。健全木と比較すると太宰府クスノキのいくつかの金属元素分布は特徴的な増加をある時期に示していた。この増加は1910年頃から始まっており、この時期に何らかの環境変化があり、土壌溶液中の金属濃度が増加したと推定される。太宰府クスノキの生育場所の土壌pHは極めて低く、何らかの理由により土壌の酸性化が起こったことを暗示している。佐賀と久留米のクスノキでは金属交換容量は樹齢で単調に変化していたが、太宰府クスノキの年輪の金属交換容量は金属分布が増加している年輪では高い値を示した。土壌溶液の金属濃度増加に対してクスノキが生理学的な対応を起こしたと推定されるが、結果的には枯死したと推定される。
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