本研究計画は高温下に高い活性と構造安定性を持つ高度好熱菌由来の酵素を、実験室内進化により常温の環境において高い活性を発揮するように適応させると、触媒反応機構や構造安定性にどのような変化が起こるかを解析し、酵素触媒における構造安定性と触媒活性との間にどのような関係が存在するか一般則を見出すことである。モデル酵素としてロイシン生合成系の酵素であるイソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(IPMDH)を選び、実験室内進化の手法により常温適応させることを試みた。一般に高度好熱菌の生産する酵素は熱耐性が高く高温下に高い活性を示すが、常温では活性が低い。従来、証拠なしに、活性と安定性の間に取引関係があり、必然的に常温で高活性の酵素は熱安定性が劣ると考えられている。本研究計画では、好熱菌由来のIPMDHをコードするleuB遺伝子を大腸菌内で発現させ、常温でロイシンを欠く培地中でも活発に増殖するようになった変異株を選び出し、そのIPMDH活性が常温で高くなった変異体であることを確認したのち、アミノ酸配列、熱安定性、ならびに触媒機構を解析した。最初に高度好熱菌Thermus thermophilusのleuB遺伝子を用いて常温適応体を得た。その結果、常温適応酵素が必ずしも高温下における安定性を失っていないことを明らかにし、上記の「迷信」を打破した。本年度は計画通り高度好熱性古細菌S.tokodaiiのleuBを用いて実験室内進化に成功し、常温適応体を得た。また、大方の予想に反し、変異部位は触媒中心に見られないことが多く、しばしば触媒中心から遠いことか多いということも明らかにした。反応の機構を解析し、これらの常温適応体は、kcatが改善されたものと、Kmが改善されたものがあることも分かった。以上を総合して以下の二つの結論が引き出せる。1 酵素触媒の安定性と触媒効率の間には取引関係かない。2 酵素の機能を改善するには活性中心残基を置換する必要がない。
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