記憶の本体はシナプスの可塑的変化と考えられている。特に、長期記憶はシナプスの再編成に基づき、その成立には遺伝子の発現(蛋白質の合成)が必要である。本研究では長期記憶の分子機構の蟹明を目指し、シナプスにおける神経細胞の電気生理学的な活動が、細胞の遺伝子発現をどのように調節しているか、そして新たに合成されたタンパク質がどのようにして特定のシナプスに局在し、シナプス機能の長期的な変化を引き起こすかを、vesl-1と呼ばれる遺伝子(homer-1とも呼ばれる)を例にとって、解析した。これらの問題に対し、今年度は次のような結果を得た。 (1)Veslタンパク質には長型と短型のスプライスバリアントがあるが、培養海馬神経細胞の系においてフォルボールエステルや脳由来神経栄養因子(BDNF)による刺激により短型Vesl-1タンパク質の発現が誘導され、さらにシナプス後膜に局在化してくることが分かった。そのシグナル伝達系を解析したところ、発現誘導と局在化は別々のメカニズムによっており、局在化はMAPキナーゼカスケードの活性化を介して起ることが分かった。 (2)長型Vesl-1タンパク質はシナプス後膜に凝集局在するが、培養海馬神経細胞において短型Vesl-1タンパク質を過剰発現すると、凝集して局在していた長型Vesl-1タンパク質が分散する傾向があることが分かった。このことから、神経細胞の強い電気活動によって発現誘導された短型Vesl-1タンパク質は、シナプス構造に分散的影響を及ぼし、再編成を促すのではないかと推定された。 (3)長型Veslタンパク質に特異的に結合するタンパク質を幾つか見い出した。それらの多くは新規のタンパク質であった。その特性はさらに解析する必要がある.
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