網膜中心窩が発達した霊長類では、眼前の3次元空間をゆっくり動く対象物からの視覚情報を適切に取り込むために、滑動性眼球運動と輻輳運動が使われる。滑動性眼球運動は、視覚対象が前額面を動くときに左右の目を同じ方向に動かし、輻輳運動は奥行き方向に動く視覚対象に対して左右の目を反対方向に動かす。これら2種類の眼球運動は、網膜に投影される視覚情報の異なった成分を使い、脳幹の最終出力の段階で両運動指令が統合されることがこれまで報告されてきた。本研究代表者らは前頭眼野後部領域の滑動性眼球運動ニューロンの応答を詳細に調べた結果、その大多数(67%)は、輻輳運動にも応答した。MT/MST野ニューロンについても、同一課題を用いて、同一サルで調べた結果、滑動性眼球運動と輻輳運動の両者に応答したのは、わずか12%であった。大多数(76%)は滑動性眼球運動のみに応答し、少数(14%)が輻輳運動のみに応答した。従って滑動性眼球運動と輻輳運動信号の統合は、前頭眼野後部領域で行われることが示唆される。そこで前頭眼野後部領域における統合原理を調べたところ、滑動性眼球運動と輻輳運動の両者が要求される課題中の応答は、個々の眼球運動課題の応答のほぼ線形加算によって説明できた。さらに、これらニューロンについて、サルが静止視標を固視しているとき、第2の視標を前額面と奥行き方向に動かして視標運動に対する視覚応答を調べた結果、過半数(52%)は、前額面での視標運動に対しても奥行き方向の視標運動に対しても応答し、その最適応答方向は、滑動性眼球運動あるいは輻輳運動の最適方向と一致した。従って、これらニューロンは視覚情報を、前額面のみならず奥行き方向でも担い、その方向の眼球運動信号の形成に関わることが示唆される。
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