研究概要 |
天然物は多種多様な炭素骨格を有しており、それらの骨格を効率的に構築することは有機合成化学における重要な課題の一つである。我々は、従来殆ど利用されていなかった陰イオン促進[1,3]転位反応と独自に開発した芳香族オキシコープ転位反応の二つの転位反応を活用し、新たに効率の良い炭素骨格変換法を開発すると共に、それらの手法を天然物合成や機能性有機材料の開発に応用する研究を進めている。昨年度までに、前者の架橋化合物の陰イオン促進[1,3]転位反応を用いて[5-5]縮環骨格形成法を確立し、更にその実践的展開として地衣成分であるプチカノリド前駆体の合成を行った。 本年度は、それを一層発展させた研究、即ち強力な抗ガン剤として注目されているタキソールの主要骨格であるタキサン類の前駆骨格の新規構築法について検討した。その結果、ビシクロ[2.2.2]系化合物から誘導した2-ビニルビシクロ[3.2.1]オクト-6-エン-2-オールの陰イオン促進[1,3]転位とオキシコープ転位反応を連続的に行い、タキサン類の前駆骨格であるビシクロ[5.2.1]デセノン類をワンポットで効率良く合成する手法を開発することができた。 一方、我々は上記の陰イオン促進[1,3]転位反応を精査する過程で、ベンゼン環の二重結合を巻き込んだ[3,3]転位、即ち芳香族オキシコープ転位が効率良く進行することを発見し、本法が縮合多環芳香族化合物の合成法として利用可能であることを明らかにした。そこで、機能性有機材料への応用が有望視されているものの、合成法が限定されていたヘリセン類の合成を試みた。その結果、本法は単なるヘリセン類の新規合成法としてばかりでなく、従来法では比較的困難であったヘリセン部位の化学修飾が容易であり、しかもらせん構造を有する光学活性ヘリセン類の作り分けにも有効な方法であることが判明した。
|