変異型Rasにより誘導されるNIH3T3細胞の形質転換にERがRasの下流で必須であることを直接証明するため、ERのdominant negative変異体(コドン554番目のセリンがFrame shiftを起こしている変異体S554fs)(以下DNERと記述)をsite directed mutagenesis法により作成し、哺乳類発現ベクターに組み込みNIH3T3細胞に形質導入した。DNERの単独発現ではmock細胞と比べ有意な変化は起こらなかったが、変異型K-Rasと共発現させたK12VDNER細胞は細胞が大型化、多核化した。細胞増殖能は抑制されFACSによる解析でG1期に集積していた。また、造腫瘍能は完全に消失した。形態より細胞老化を疑い、細胞老化特異的βal染色を行ったところ、強く染色された。以上変異型K-Ras下流で作用するER機能をDNERにより阻害すると、細胞老化が誘導されることが明らかになった。老化細胞においてp21及びp16の発現増加が報告されているがK12VDNER細胞においてもp21の発現増加が認められた。NIH3T3細胞はp16をコードするINK4a領域が欠失していることが報告されている。我々が樹立した細胞株でもp16の発現は認められず、K12VDNER細胞で誘導された細胞老化はp21依存性、p16非依存性であることが示された。K12V細胞ではmdm2 mRNAの発現はmock細胞に比べ増加していたが、DNERの発現によりこの亢進は抑制された。p53とMDM2の結合は、mock細胞に比べK12V細胞では亢進していたが、K12VDNER細胞では低下していた。ER過剰発現細胞ではmock細胞に比べmdm2のmRNA、蛋白、p53との結合能のいずれも約2倍に亢進していた。K12VDNER細胞にc-Junを過剰発現させるとMDM2の発現の増加とp21の発現低下並びに老化細胞数の減少を認めた。以上よりRasを介する造腫瘍能獲得機構にERの関与が示された。本過程にはER-AP-1によるmdm2発現の増加及びp53-mdm2結合を介したp53機能抑制が関与することが示され、この経路のホルモン依存性癌の発生機構への関与が示唆された(K.Kato et al.2002)。
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