本研究は、抗がん剤の血中濃度と代謝酵素の遺伝多型情報を患者ごとに解析し、個別投与設計に反映させる"薬物モニタリング・システム"の開発を目的とした。まず、薬物代謝酵素チトクロムP450(CYP)活性の遺伝多型を判定する迅速遺伝子診断法を確立し、さらに抗がん剤の体内動態の個人差を引き起こす病態生理学的要因および遺伝的背景を母集団薬物動態解析によって検討した。 まず、抗がん剤の代謝にも関わるCYP2D6およびCYP3A5酵素について、その遺伝多型を迅速に診断しうる方法をTaqMan PCR法を用いて開発した。文書同意の得られた健常人93名および患者104名を対象として遺伝子診断を実施したところ、CYP2D6*10アレルはヘテロ変異型43%およびホモ型変異23%、またCYP3A5*3アレルはヘテロ変異型45%、ホモ型変異50%であり、日本人に高頻度認められた。次いで、ドセタキセルの体内動態の個人差とCYP3A5遺伝多型の関係を検討したところ、両者の間には明確な関連性は認められず、ドセタキセルの薬効・毒性に影響する因子はCYP3A5*3ではなく、α1酸性糖蛋白質および血中濃度曲線下面積(AUC)がより重要であることが示された。 フルオロウラシル系抗がん剤S-1について母集団薬物動態・薬力学(PK/PD)解析を実施したところ、5-FUの消失速度はDPD阻害剤gimeracil濃度に依存し、腎機能低下者でgimeracilの排泄が遅延し5-FUによる副作用リスクが高まる機序を解明した。さらに、欧米白人は日本人に比べ、S-1による消化器毒性(下痢)が発現しやすいことを明らかにした。 以上の成果は、毒性の強い抗がん剤を安全に且つ効果の期待できる最大用量で投与するために有益となる知見と考えられる。
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