研究概要 |
個人の自由と道徳的要素の両方が含まれる場面での判断と意思決定は、個人道徳(personal-moral)の問題として研究されている。児童・青年がそういった個人道徳の場面において道徳的義務感、自己決定意識ならびに自己犠牲の意識をどのように発達させているのかを明らかにするために、日本を含む東南アジア6地域の青年を対象に調査を行った。その主要な結果は、以下の通りである。 (1)「道徳」領域の違反行為について、すべての地域の青年が悪いと判断しているものの、日本と台湾でその傾向が顕著であった。判断理由については国によって異なっており、日本と韓国の青年は「公正正義」を、中国と台湾の青年は「習慣法律」を、タイの青年は「個性自由」を考慮するとしていた。 (2)「慣習」領域の違反行為については、中国・台湾・バングラデシュの青年が悪いと判断する傾向が高く、タイの青年はその割合が低かった。 (3)自己管理・個人・友人の選択・外見といった領域での違反行為について、日本の青年が悪いと判断する割合が低かった (4)全般的に子どものプライバシーや将来に関する問題について、子どもに決定権があると考えているが、韓国の学生が最も子どもに決定権があるとしていた。 (5)自己を犠牲にする義務があると最も考えているのは、バングラデシュの学生であった。一方、タイの学生が最も自己犠牲の義務感・満足感も低く、共感できないと考えている。 (6)日本の学生が自己を優先する決定権を一番認めており、その決定に満足している。 多文化間の比較を通して、わが国の変化しつつある社会における青年たちの生き方(個人道徳のあり方)を、Turiel, E.(2002)の社会領域理論から考察してみると、わが国の青年たちは「個人の自由」をやや拡大して解釈している傾向にあることが指摘できる。つまり、道徳的な場面においても、個人の自己決定権を主張する傾向が認められる。今一度、子どもの生き方の形成にあたって、「道徳」や「慣習」などの社会的領域の違いをしっかり意識化させる必要があると言える。
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