西洋思想における知性の問題は、古代ギリシアのヌース論から近代西欧の知性論に移行し、知性=神的知性という等式に代わって知性=人間知性という等式が成立するにいたって、人間知性を主題とする知性論として展開される。この過程で決定的な役割を果たすのはキリスト教思想である。本研究では、いうところの「人間知性」の起源に関する諸問題を、中世キリスト教思想における知性論、特に人間知性に関するトマス・アクィナスの所論の研究を通して解明するために、平成12年度から13年度にかけて、(1)アウグスティヌス以来の伝統的なキリスト教思想において「心とからだ」の関係の仕方について、アウグスティヌス『神の国』における危機意識の重層性をはじめとして、キリスト教独自の価値観にもとづく理解がなされていることを、キリスト教思想家集(CETEDOC Library of Christian Latin Texts on CD-ROM)を用いて確認し、「アウグスティヌス『神の国』にみる危機認識」と題して、身体の危機よりむしろ信仰の危機を重視する価値観について論じるとともに、(2)十字軍運動を通して、異質のキリスト教理解が現出し、中世キリスト教思想における人間知性論が見失われることになった点に着目し、「十字軍のもたらしたもの」と題して発表した。上記の二点に加えて、さらに、(3)特にトマス・アクィナスの天使論に着目し、それを至福をもたらす神認識に関する議論(能動知性の離在説)として取り上げるとともに、分離実体に関する独自のアリストテレス解釈の中で、人間知性論の起源と目される議論(能動知性の内在説)が展開されていることを明らかにする一方、(4)ヨーロッパ中世を多元論的に理解する手掛かりを見出し、宗教多元論の成立可能性について考察した。これにより、(5)昨今の脳科学に対するアルゴリズムの提供という課題を視野に入れるために心身の二元論的理解についてさらに研究を進める見通しを得た。
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