本年度の研究では、現在の技術哲学の議論を展開し、技術倫理や技術社会論への応用を試みた。 技術と社会の関係については、技術が社会を決定するのか、社会が技術を決定するのかという構図の議論がしばしばなされる。しかし、技術のあり方により仔細な検討を行うならば、技術を使いこなす身体の振る舞い、どの技術が望まれるかに関する社会的な関連性体系などが技術を取り巻いており、技術はそうした中で通常科学技術論でいわれるよりはるかに柔軟で多義的なあり方をしていることが明らかになる。こうした視点は、従来の所謂技術批判に比べて、はるかに技術の内的論理に立ち入った批判的検討を可能にし、その結果、技術を創りだし、使用する現場での微細な政治性を浮き上がらせるものである。 本年度では、第一に、上記の視点に関する現象学的基礎づけを行ったが、それとともに、応用として、技術者倫理やリスク論の検討を試みた。即ち、これらの領域の議論では、ともすれば科学的客観性と科学者のあるべき態度なり偏見をもった非科学者とのコミュニケーションなりの対立という図式をとることにより、議論が単純化される傾向がなしとはいえない。この困難に対し、技術哲学という幾分広い土俵を提示することにより、技術者の専門知のより複雑なあり方に立体的に光を当て、同時に専門知が公的領域に向けて開かれていかざるをえないことを立証した。こうした議論の方向は、技術倫理におけるナラティブとも呼ばれうるものである。 本年度はこのほか、技術と環境の関係を論ずる基礎研究として、シェーラー他の環境論の意義の再評価を行った。
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