極めて難解な後漢支婁迦讖訳『道行般若経』(179年訳出)を六種の異訳、梵本(ネパール出土の梵本『八千頌般若経』及び1996年にアフガニスタンにて発見された紀元後一、二世紀に書かれたと考えられる梵本写本断簡)、チベット訳と比較しながら解読し、校注本と詞典を作成した。この作業を通して、これら諸本が大きく二つのグループに分かれることが分かった。(I)『道行般若経』、支謙訳、曇摩〓・竺佛念訳、鳩摩羅什訳、玄奘訳『第五会』と(II)梵本(ネパール本)、玄奘訳『第四会』、施護訳、チベット訳である。前者に比べると、後者は後世の加筆・増広の跡が顕著である。アフガニスタン出土梵本断簡の位置づけは更なる検討を要する。 『道行般若経』は大部の経典であり、年度内に全体の作業を完成することは不可能であったが、幾つかの論文を国内外で発表し、また『道行般若経校注』、『道行般若経詞典』および『八千頌般若経諸本対照研究』のいずれも二、三年内に公表できる見通しがついた。経典全体のこのような文献学的研究を踏まえて、初めて、『八千頌般若』ひいては初期大乗仏教の思想史的研究が可能になると考える。また、難解な支婁迦讖、支謙、竺法護の訳したその他の経典も、『八千頌般若経』古訳の語彙辞典ができれば、随分と正確に読めるようになるに違いない。
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