朝鮮王朝の正史『朝鮮王朝(李朝)実録』は近年データーベース化が進み、研究資料として整備されたが、しかし仏教研究のための資料としては不充分な点も多い。そこで本年度も継続して、『朝鮮王朝実録』を朝鮮仏教研究のための基礎資料とすべく、仏教関連記事の採取に勤めた。資料の分量からいっても、作業は終結にほど遠いのが現状であり、決して満足できる進捗状況ではないが、資料採取の過程で思わぬ成果も生まれた。今後さらに一層の研究を積みかさねて作業作業を満了させたいと考えている。本年の成果の一つといえるのは、王妃、大妃をはじめとする宮廷女性の仏教信仰を系統的に採取することができたことであろう。朱子学による厳しい反仏教政策という政治情勢にもかかわらず、王宮では王妃、大妃(前王妃)、宮中女官は依然としてみな篤信な仏教徒であった。例えば葬儀においては納棺、埋葬など儒教の礼式に則って行なったが、同時に慣例として仏教寺院においても、盛大な法要を営んだ。更に王陵には仏教寺院を併設して、冥福を祈念させた。更には宮中の側室は、王の死去と共に出家、剃髪して尼寺である浄業院に入って王の冥福を祈った。その記録も『王朝実録』には豊富に残されている。つまり、儒教的な倫理観は反仏教という思想を優先させることなく、依然として家族的な倫理が優位を占めていた。その信仰の実体を成すのが女性の仏教信仰であったといえ、儒教的な秩序の中でも女性の仏教信仰は保護され、あるいは排仏の風潮に強く抵抗していたのであろう。この女性の仏教信仰こそ朝鮮王朝以来の長い民族的な伝統であり、今日の韓国社会にも連なる信仰の形態を形作ったといえよう。
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