宇都宮は現代社会の最大の特徴を分業に起因する社会生活の多元性に見る。生活様式の多様化は、当の生活様式を維持しようとする規範を生み出し、こうして規範自体が多様化する。多様な生活様式を持ち、それに即した多様な価値観に従って生きる諸個人が混在する状況、それが現代である。このとき、諸個人のパーソナリティが多様化し、相互に区別され、ここに初めて「個人」という観念および「個人の尊厳」とか「個性の尊重」といった一連の諸観念が生じてくる。これこそ、多元化した今日の先進諸国でほぼ共通した価値観となっている「人権思想」が一種の現代の宗教にまでなっている社会学的背景である。この点は、宇都宮輝夫「ポストモダンの多元的社会とその宗教性」に詳しく展開されている。 社会と文化の変化にもかかわらず維持される宗教の機能が存在するであろうか。宇都宮は、試論として、人間が自分の一生を統合的に理解する際に、その一助となる宗教のアイデンティティ構成機能を取り上げる。人間の生活は無数の断片の集積からなるが、それらは相互に密接に関連して、全体としては一つのシステムを構成している。しかもそれは、時間に沿って流れる歴史=伝記をなす。要するに、人生全体をひとまとまりの物語として、人は自分の人生を受け取っているのである。そうした物語の範型を提供してきたのが、従来は宗教であった。宗教のこうした機能の解明を目指したのが、「スピリチュアル・ケアと宗教」および「人生物語としての宗教」である。
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