本年度の研究計画では、基本資料の収集と整理を第一の課題として設定した。この課題に沿った研究で、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1905)が、はやくも1909年の時点でロシアに受容された事実を明らかにすることが出来た。セルゲイ・ブルガーコフが1909年に発表した論文「国民経済と宗教的人格」(1909)がそれであって、これは国際的なウェーバー受容史から見ても、ロシアが「プロテスタンティズム・テーゼ」を最初に受容した国であったことを示す、重要な事実である。さらに興味深いことには、このブルガーコフ論文が、現代ロシアのウェーバー研究者ユーリー・ダヴィードフによって、1990年代始めのペレストロイカの時代に「再発見」されたという事情である。ここには、20世紀初頭と世紀末のロシアに、ある意味で共通した問題が存在したこと、すなわち、ほぼ一世紀を隔てて「市場経済化と政治的民主化」という同一の課題に直面したロシアでは、特別な課題として「市民的倫理」の育成という課題が存在したことが示唆されている。こうした認識に立つことによって、世紀末初頭と末とのロシアおけるウェーバー受容の二つの事実ならびにその事実が持つ意味も明らかとなる。本研究によって得られた「新たな知見」があるとすれば、それはおそらくこの点に存する。今年度の研究成果の一部として、本研究代表者は、上記ブルガーコフ論文の翻訳を発表するとともに、20世紀初頭のロシアにおけるウェーバー受容と現代ロシアの「ウェーバー・ルネサンス」との関係を論じた論文を発表した。なお、本研究にたいする補助金交付の決定が大幅に遅れたために、申請段階で予定したロシアでの資料収集は困難になった。したがって、これは次年度の実施計画に繰り延べたいと思う。
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