本年度はアビ・ヴァールブルクの思想の全体像を明らかにする基礎的調査をおこない、それによって得られた資料の分析に当てられた。まず、ロンドンのウォーバーグ研究所ですでにコピーや写真として蒐集したヴァールブルクの遺したメモや草稿について分類と整理をおこない、彼の図像学の方法論を再構成するための資料体を整備した。ドイツへの調査旅行では、ベルリンおよびワイマールの図書館で関連資料を調査した。こうした資料をもとにして具体的には次のような研究をおこなった。 1.アビ・ヴァールブルクが精神形成をおこなった19世紀後半のハンブルクの文化的環境を、特にドイツでも有数のユダヤ人銀行家一族であるという彼の出自に注目しつつ、調査・分析し、主にイタリア・ルネサンスの美術を対象とした研究に結実していくヴァールブルクの思想形成過程を資料に即して明らかにした。その過程で、同化ユダヤ人としてのヴァールブルクにおけるユダヤ教との葛藤が、異教的古代の危険を孕んだ再生を主題とするルネサンス研究に深く影響を与えていることが見いだされた。 2.ヴァールブルクの著作や書き残したメモに基づいて、その図像学的方法論を再構成し、同じ美術作品を主題とした諸研究にも目を配ることによって、ヴァールブルクの方法の独自性を検証した。この作業によって、例えばボッティチェリ研究におけるヴァールブルクの視座が、その後の図像学を代表するパノフスキーやゴンブリッチよりも、むしろフロイトの精神分析における「夢の仕事」のプロセス分析に密接に結びつく性格をもっていることが明らかとなった。
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