ヤン・ファン・エイク(1390年頃〜1441年)において光と空気、色の無限の諧調、細密的な質の描出が突如始まったとされるが、その描出の理論的な根拠をニコル・オレーム(1320年頃〜1382年)の考えの中に見出すことは可能である。オレームはアルハーゼン、ロジャー・ベーコンに従い、対象の色のいかなる部分からであれ、媒体のいかなる点に向かっても真っ直ぐな線が引かれ、それに沿ってその対象の色全体のスペキエース(見ることを生じさせる可視的形象)が伝わり、その結果、目が媒体中のどこにあっても、底面が対象にあり、頂点が目の内にあるピラミッド状の形が構成されるという。しかも目において対象のスペキエースは広がりを持ち、対象に似ている。それゆえそれをそのまま写せば、対象によく似た絵を描けるはずである。彼は質の強弱を図形で表すこと(例えば黒に近い灰色から白に近い灰色まで一様に変化していく直線上の色を直角三角形で表す)を提唱したが、それは、対象が持つ質(色)の無限の諧調を表すことを思いつかせる。さらに、当時のアリストテレス的世界観によれば、地球は空気に取り囲まれているのであるから、遠くのものとの間には多くの空気があることになり、遠くのものをぼやかす空気遠近法を用いるのも当然となる。また、空気は何らかの程度において濃いので、空気のいずれの点においても光の何らかの反射があり、それゆえ、部屋の中に一筋の光が差し込むと、光が直接あたっていない場所も含めて、部屋全体がほんのり明るくなるのも説明でき、光を描くことに対して理論的根拠を与えることになる。しかもオレームは、翻訳本普及のために挿絵を入れることを積極的に推し進め、自らその構想者となってヴァロア王朝の周囲にいた画家たちを指導したのである。そのような画家たちと接触を持っていたヤンが色の微細なニュアンスを描き、空気、光を描くようになったとしても不思議でない。
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