研究概要 |
今年度の研究成果 1.邦楽調査掛の雅楽五線譜について 本研究の分析対象とする最も重要な資料の一つは、東京芸術大学に保存されている邦楽調査掛の雅楽五線譜である。本年度は、まず、現存する資料の全容と保存状態の調査を行った。その結果、完成稿・約20曲の他、鉛筆書きでほぼ完成に近い状態のもの、下書きのもの、パート譜でメモ程度のものまで、さまざまな段階の楽譜が約40点確認された。また、邦楽調査掛の作業「日誌」から、実際にはさらに、50曲あまりの楽曲について採譜に取りかかった経緯が明らかになった。結果として、邦楽調査掛は、現在宮内庁で撰定されているレパートリーのほぼすべての採譜に、一応着手していたということになる。採譜の経緯と、現存する資料については[項目11]の二つの論文にまとめた。 また、本資料の性質と音楽史上の意義については、資料中に含まれていた「雅楽記譜法扣」(記譜法の解説、楽器の解説)の解読により、次の知見を得た。邦楽調査掛の採譜は、結果としての音を五線譜に書き表しただけでなく、楽器や演奏法の解説を交えることによって、音を作りだす過程をも把握しようとした意図がうかがわれる。換言すれば、これは雅楽の総合的把握を目指したものと言え、戦後あらわれる雅楽の総合的、学術的解説書の先駆的意義を持っている、との結論に達した。 次年度は、五線譜の写真撮影とデジタル資料化を行い、個々の楽曲の分析によって、詳しい採譜の原理や過程、音楽的特徴を考察する。 2.近衛直麿の採譜について 本研究にとってもう一つ重要な資料は、近衛直麿(1900-32)による雅楽五線譜である。採譜の楽曲リストと、直麿の採譜の目的と雅楽に対する認識については、すでに以前に少考にまとめた(注)。直麿の採譜については、残念ながら、ご遺族によれば、採譜の原本は戦時中、疎開先の空襲で焼けてしまったとのお話で、現時点では所在を確認できない。したがって、現在、東京芸術大学附属図書館所蔵の写真版の写真撮影からのデジタル資料化を考えている。この作業は次年度行うとともに、採譜について音楽的分析を行う。 (注)「近代における雅楽の「普遍化」〜近衛直麿の業績を中心に〜」『国際文化学研究』(神戸大学国際文化学部紀要)12:19-49,1999.
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