本研究の分析対象とする最も重要な資料の一つ、東京芸術大学に保存されている邦楽調査掛の雅楽五線譜について、2001年度は、現存する資料のデジタル資料化を行った。デジタルカメラでの撮影は1000コマ以上にのぼる膨大な量となったが、コンピュータ上での拡大等の処理が簡単にできるため、下書き、草稿の類いの細かな分析も行うことができた。 また、2001年4月にちょうど明治36(1903)年に行われた古い雅楽録音の復刻CDが発売されたため、この録音と邦楽調査掛五線譜に共通して収録されている楽曲の比較分析を行うことができた。その結果、1903年録音の楽曲と今日と大きく異なる点は、フレーズの切り方にあり、現在の方がはるかに細かく息継ぎを入れて、小さな単位のフレーズから旋律が構成されていることが明らかとなった。大正5年から昭和2年にかけて行われた邦楽調査掛の五線譜は、明治36年の録音と、現行伝承の中間的特徴を示している。これについては、[項目11]の2002年3月発刊予定の論文にまとめた。 さらに、上記の作業と平行して、『音楽雑誌』『音楽界』など明治から大正にかけて刊行された雑誌から、雅楽関係者の言説を拾い、分析する作業も行っている。作業はいまだ完結していないが、以下のような知見が得られた。雅楽を離れ、新劇や西洋音楽に転向した楽人たちも、雑誌等公開の場では、伝統音楽の歴史を紹介したり、邦楽と洋楽を折衷した新しい音楽の創設を説くなど、自ら父祖の伝統をより広い範囲に普及させ、一般の人々との仲介役としての役割を果たす、という傾向が強いことが明らかとなった。
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