一九世紀イギリスにおける美的環境造形思想を、文献実証的・美学思想的に読解・体系化した。特にそれを支えたイデオロギー的な基盤が、本年度の焦点となった。すなわち、一九世紀以降のイギリスの美的環境造形思想は、基本的には一八世紀初頭のイギリスに誕生した風景式庭園の語彙を引き継ぐもので、その継承の過程を跡付けることが、本研究の主目的の一つであったが、この風景式庭園が、後のイギリスの田園都市運動や、さらにはヨーロッパやアメリカのランドスケープ・アーキテクチャーへ引き継がれるに際しては、それが或るイデオロギー的なオーラと呼べるものに支えられてゆくのである。具体的には、自然的・土着的なものと見なされた風景式庭園(実際には、必ずしも当初からそうしたものではなかったのだが)は、イギリスにいち早く発達した開かれた自由な市民社会の象徴とされる。そして両者は融合した形で、世界の美的環境設計の模範として伝搬してゆくのである。本年度にとりわけ明らかにしたのは、そうした庭園や環境設計における自然と自由のイデオロギー的な癒着が、一八世紀後半のイギリスの植民地主義的な政治的文脈と密接に関わる形で醸成されたことであり、さらにそうした癒着が、一九世紀イギリスを代表する造園家ラウドンや、同時期のドイツを代表するムスカウ他の著者にも、典型的な形で見られたことである。同時に、パリやプラハにおける風景式庭園の実作に関しても、同様の知見を得ることができた。また田園都市運動を始めとするイギリス本国のユートピア的な環境設計においても、なるほど商業活動、あるいは労働運動や社会主義といった前進的・進歩的な傾向・思想と結びつきながらも、一八世紀的な自然的・土着的風景式庭園へのノスタルジーが見られる点も明らかになった(つまりそこにも、無意識的に叙上のイデオロギー的癒着がみられる訳である)。
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