新生児においては、鼻側網膜(nasal retina)から交差性に皮質下へ投射する神経経路が、耳側網膜から非交差性に投射する神経経路に比較して、相対的に強いと言われている。視機性眼振を掛票とした研究は、この考えを支持している。大脳皮質が発達した成人においては、このような違いを見出すことはできない。しかし最近、"注意の復帰抑制"現象や反射性の定位運動を指票とした実験によって、成人においても、視覚の交差/非交差系と皮質下機能の特異な結合を示唆するデータが報告されるようになってきた。本研究ではこれらの研究結果の真偽を確認するために従来の先行研究で用いられた課題とは別の課題を用いて実験的な検討を試みた。 昨年度は、背景刺激の急速な運動にともなって生じる錯視現象を利用して、鼻側網膜が、反射的な眼球運動を誘発する皮質下中枢と直接結合していることを示す実験を試みた。しかし、その結果は積極的に仮説を支持するものではなかった。そこで別の方法として、鼻側あるいは耳側網膜に投射された視覚刺激に対するサッケード眼球運動反応の潜時を比較した。実験では、皮質下の定位機能を反映すると考えられる反射性のサッケード課題と、より上位の認知機能を媒介とする随意性のサッケード課題を用いた。その結果、いずれの課題においてもサッケード潜時(反応時間)は、各被験者に固有な左右視野差を示したが、サッケードの目標刺激が投射される網膜上位置(鼻側/耳側)の違いによる効果は認められなかった。このことは、少なくとも単純なサッケード反応を指標とした方法では、先行研究によって報告された視覚交差/非交差系と皮質下機能の特異な関係を実験的に示すことは困難であることを示している。この事実を踏まえて、現在別の課題を用いて検討中である。
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