痴呆がヒトの行動に与える直接・間接的な様々な影響に関する体系的な研究は、これまでほとんど行われてきていない。特に、痴呆高齢者の行動学的特性に関する研究成果はほとんど無いに等しい。さらに、特別養護老人ホームなどの施設に入所している高齢者に関しては、行動学的特性に関する基礎的なデータに加え、他者との社会的な交流の様態に関する資料も乏しく、家族以外の他者(介護者や施設職員、他の施設入所者など)との相互交渉の質や量、加齢や入所期間の延長に伴う変化に関するデータもほとんど得られていない。本研究は、痴呆高齢者の行動学的特性を、比較行動学的な観察法と行動分析の手法を用いて明らかすることをその目的とする。 本年度は、大阪府松原市にある特別養護老人ホームと、岡山県真庭郡勝山町にある特別養護老人ホームの2つの施設で、基礎的な資料の収集を行った。勝山町の特別養護老人ホームでは、施設入所者と施設職員との社会的な相互交渉に関する予備的観察を行い、施設職員を通じて施設入居者に関する情報の収集を行った。さらに、週末や休日を利用して入所者に面会に来る家族と入所者との相互交渉に関しても予備的な資料を収集した。松原老人ホームでは、5人の痴呆高齢者を対象として、施設職員や他の入所者を含む他者との社会的な交渉に関する予備的データの収集を行った。一般に痴呆高齢者は、他者に対する注意が緩慢であり、他者からの働きかけに対しても応答が少ないと考えられているが、実際にはかなり頻繁に他者に対して視線を向けており、他者の接近に対してはそれを注視し、他者からの音声による働きかけに対しては音声によって応答するなど、施設内の他者と頻繁に相互交渉を行っていることが明らかとなった。
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