ヒトとチンパンジーの幼児において、積木積みなどの対象操作機能が認知・言語の形成とどのように関連しあっているかを縦断的に調査し、各霊長類種が独自の認知・言語機能を獲得する機構を考察した。ヒト乳幼児4名およびチンパンジー幼児5個体(基礎群:出生直後からの人工保育の双生児2個体をふくむ健常4個体と脳性麻痺1個体:熊本県・三和化学熊本霊長類パーク)、同じくチンパンジー幼児4個体(比較群:出生直後からの人工保育1個体、飼育施設内で母親に育てられた上で分離された3個体。林原自然科学博物館)を対象とした。 1)水すくい実験:チンパンジーは3歳以後、器を手にもって水すくいができたが、すくった水を他の容器に定位して入れる「水移し」は4歳でもしなかった。水移しのモデル行動を確実に追視し、モデル行為を現象的には見ていたにも関わらず、行為の深部構造にある意味単位の連関(「すくう」+「移す」)を認識することに困難があるらしい。ヒト幼児は1歳初期からすくった水を容器の外部に意図的に散らしつつ発声し、1歳半ばには水移しをした。2)踏み台実験:高所の食物をとるためにチンパンジーは2歳後半で特定の箱を踏み台として使い始めた。しかし新たな箱を提示されても利用しなかった。ヒト幼児は1歳後半に箱や椅子などの広範な物を踏み台として利用した。異なる物の中に共通する特性を見出す機能をもつといえよう。ヒト以外の動物は対象を個々に区別してそれが自分にとって危険か否かを判断する必要性が高い。ヒトの音声言語は安全な社会条件の中で生まれたと推定される。3)積木の実験:1辺5センチの積木を2歳後半で2〜3個、3歳前半で4個、4歳代で5個以上積み始めた。3歳後半では、並べるモデル提示のあと「平面に集め置き」した。水うつし・踏み台機能の利用・積木並べに共通する発達機制がヒトの音声言語の形成に関連すると推察される。
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