1、近代日本の黎明期に産業啓蒙活動に携わった知識人や経済エリートたちの実業観や金銭に対する作法、および啓蒙活動の総体を、資料館や大学図書館に所蔵されている様々な資料から浮き彫りにし、それらが近代日本社会にたいして持つ意味を明らかにしようと試みた。とくに今年度は、当時の実業思想の中核を形成していた慶應義塾が中心となり結成した社交団体、交詢社をおもに考察した。この研究では、『日本紳士録』という人名録を編纂しようとする交詢社の思想や企画が、商人・実業家といった富裕層の氏名を公表することをつうじて、社会的威信の序列における商人・実業家の地位向上の一助となったことを明らかにした。また、人名録を編纂しようという動きが交詢社の思惑にとどまらず、社会的な広がりを持ち、ひとつのブームとなって上流階級に次ぐアッパーミドル層の発見を促し、「紳士」という社会的階層のキャラクターをつくったことも、この研究を介して得た新しい知見である。今年度は、資料の蒐集を中心に研究を展開したので、今後は追加的な資料の蒐集に分析を加えて、随時、活字にしていく予定である。 2、明治期の経済エリートが占める社会的ポジションを明らかにするためには、自らが運営する組織を介して、彼らがいかに社会全体と関わっていったかを明らかにすることも重要である。そうした観点から、公益への配慮と営利の追求(あるいは自己保身)とを、経済エリートたちがいかに関係づけたかを考察した。今年度は、明治後期から組織人としての経済エリートのダーティイメージ(自己保身の主体)が社会的にクローズアップされていく点を、雑誌記事や文芸作品のなかで確認していき、組織社会学的観点から分析を始めた。今後は経済エリートの組織観・営利観を確認するための資料をおもに蒐集し、分析を進めたい。
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