今年度は、経済エリートが活動した場としての「実業界」や「財界」という世界が、明治以降の近代化のなかでいかに形成されたのかを重点的に調査・検討した。そして、「実業界」や「財界」の形成には、実業家や財界人に関する言説を掲載した経済雑誌というメディアがきわめて大きな役割を果たした点を明らかにした。分析対象としたのは、おもに『東京経済雑誌』『東洋経済新報』『実業之日本』の三誌である。以下に得られた知見を示そう。 明治10年代初頭に創刊された『東京経済雑誌』は、銀行業界の親睦サークルとの提携のなかで誕生し、当時はいまだ明確な実体となって現れていなかった実業世界や「財界」という想像上の表象を、近代日本を先導すべき経済エリートたちが集まる理想的な経済世界として空想した。そうした段階をへて、日清戦争後のナショナリズムなかで、『東洋経済新報』は多くの財界人による様々な庇護を得て、日本経済の実情とそれを先導する多くの経済エリートたちの言説を、いわば実証的なリアリズムの立場から伝えていこうとした。『新報』の記事のなかで、彼らの存在は、官民の境界を超えたエリート集団として表象された。また、『東洋経済新報』創刊の2年後に刊行された『実業之日本』は、非エリートを対象読者とする教育・啓蒙のスタンスをとっていた。誌面構成には実業と虚業の選別という倫理的な価値判断が含まれており、これは正統的な「実業界」の実体化と神聖化を促す契機になった。近代日本における「実業界」や「財界」の形成や権威づけに、これらの三誌は密接に関わっていたのである。
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