今年度の研究成果としては、この3月刊の本学部紀要に発表した論稿「サン・シモンにおける『社会』概念と『労働』概念」そしてまもなく脱稿する「ロシアにおけるサン・シモン主義」である。後者は、主にルーニンやゲルツェン等をとおして19世紀ロシアの社会思想への影響をみたうえでソヴェト時代のサン・シモン研究をクチェレンコとヴォルギンの著書によって描き出そうとしたものである。その課題からすれば未だ序論にすぎない。ここでは、前者についで述べる。まず、「社会social」概念をめぐる昨今の議論を(1)マルクスの用語の解釈(2)ヨーロッパのEU結成に関連してのその重要性(3)「世間」概念との関係の三点からみたうえで、ではサン・シモンは「社会」概念を用いて何を論じようとしていたのか、について考察した。それによると、彼は(1)「政治的」と「社会的」の両概念を区別し、前者が後者に依拠しておりしかも後者にとって代わられること(2)「社会的」概念を「個人的」と対比させ、とりわけ後者に関連した「エゴイズム」を激しく批判し、「社会的」なものと「個人的」なものとの統一を説く。では、その統一を実現する主体は?それは彼の「社会」定義に窺える。「社会は有用な諸労働に専心・従事する人間の総体であり統一である。われわれはそれ以外の社会を構想しない。」万人に社会存立の基礎=労働の義務を提唱する。しかし、彼の「社会」概念にはル・シャプリエ法などの影響も大きく、「中間集団」論が欠如しているものであった。その意味では、1998年のL.ミュシリ著『社会的なものの発見-フランスにおける社会学の生誕』が、個人と国家との中間に職業集団を建設して人々を連帯・結合させることを主張したE.デュルケム(1858〜1917)-彼はサン・シモンを社会学の創始者とする-の学派に焦点をおいていたことも肯けるのである。
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