本年度の目的は、サイバースペースにおけるコミュニケーションが拡大する現代社会における、人間の自我変容に関する理論的レビューを行い、そこですでに共有されている知見と未確定の問題を整理することであった。理論的整理は、主に、アメリカ、イギリス、日本における社会学、教育学、心理学の領域の先行研究を渉猟することから始めた。 この際、イギリスではBritish Library Inside Webの検索を使った。また、国立国会図書館データ検索室において、おもにアメリカの社会科学全般の論文検索データをすべて検索した。そこから、サイバースペースの自我に対する影響力については、二つの評価があることが明らかになった。一つは、サイバースペース上のコミュニケーションは、物理空間上のそれと変わらず、むしろ、物理的空間世界にもう一つの世界が加わることによって、人々は二つの帰属世界をもつことで豊かな心理状態(role rich)を得ているという評価である。もう一つは、ネオラダイトと呼ばれる、サイバースペース罪悪論である。これは、ある意味では近代社会がその初期に経験したテクノロジーに対する拒否反応が色濃く現れたものである。 いずれにせよ、本年度の理論的整理では、サイバースペースをユートピア視する立場からネオラダイトまでが、その価値スタンスによってクリアに分類できたことは、大きな前進であった。しかしながら、これらのサイバースペース言説は、ほとんどが実証的分析に基づいてはいない。そこで、本研究は、サイバースペース上のコミュニケーションが、自我、人間関係にいかなる変化をもたらすのかという次の分析へと進んでくことの重要性がが確認された。
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